イエローページジャパンハワイ 2015-2016
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792016でもある。同島の州都ホノルルやワイキキ、ダイヤモンド・ヘッド、パール・ハーバーなどは世界有数の観光名所となっている。オアフより南東へ向かってモロカイ、ラナイ、カホオラウェ、マウイそしてハワイ島と連なる。ハワイ諸島の中で2番目に大きいのがマウイ(Maui) で、ここには標高3,055mの休火山ハレアカラ (Haleakala=House of the Sun) や、かつては捕鯨でにぎわった漁港ラハイナ (Lahaina)、豪華なホテルやコンドミニアムが林立し近代都市の様相を見せるカアナパリ (Kaanapali) やカパルア (Kapalua) などがある。押し寄せる観光産業の荒波にも呑まれることなく、いまだ最も素朴な島として知られているモロカイ(Molokai) にはパイナップル畑や大牧場がある。また、手つかずの自然も多く残されている。ラナイ(Lanai) は島の大半が私有地だがもちろん観光客もウエルカム。1922年に食品会社の大手 Dole Corp. が$110万で購入、その後ラナイ社が買収、島の98%を所有することになる。島の1/6を占めていたパイナップル畑も今では閉鎖され、2つの高級リゾート・ホテルを中心にリゾート、観光地としての変換に力を入れている。ハワイ諸島の最東端そして合衆国の最南端に位置するハワイ島は、主要7島を合わせた面積より約2倍大きい。標高4,200mを越えるハワイ州最高峰のマウナ・ケア (Mauna Kea) の頂上からはハワイ列島すべてが見渡せる。同島の Hawaii Volcanoes National Park 内にあるマウナ・ロア (Mauna Loa) とキラウエア (Kilauea) は活火山でありいまだに噴火を続けている。マウナ・ケアとマウナ・ロアの頂きでは、常夏の国ハワイの中で唯一積雪を見ることができる。ハワイ島はハワイ州との混同をさけるため“The Big Island”または“The Orchid Island”と呼ばれている。ハワイ諸島は数百万年もの昔、海底火山の大噴火による炎と灼熱の溶岩によって太洋の真っ只中に忽然と出現した。これら海面に点々と顔を出している陸地の固まりは、3千数百キロに渡り太平洋の海底に横たわる大火山帯の頂上にあたる。ハワイ諸島を乗せている太平洋プレートは、毎年約 2インチ (5.08cm) の速度で北西方面に移動を続けているため、この列島を形成した火山活動の原因となったマントルのホット・スポット (地球内部物質の噴出口) の上を通過することになる。現在このホット・スポットは列島の中で一番若く最南端に位置するハワイ島の真下にあると推測されている。ハワイ州には Kule Islands (Midway島群を除く) からハワイまでの間に約125の島や小島が点在する。よく知られている8つの主だった島々は High Islands と呼ばれている。Leeward Islands と呼ばれる残りの島々のほとんどは、固まった溶岩と珊瑚礁でできた無人島でありハワイ諸島国立野生保護地となっている。全島の総面積は約16,704km2だが、現在も火山活動と珊瑚礁の増加により年々増大している。メイン・アイランド8島の中では、北端に位置するカウアイ島 (Kauai) が地質学的に見ると最も古く4番目に大きい。同島は地球上で最西端に位置する地域のひとつであり、青々と生い茂げった草木が島全体をおおっていることでも知られている。この島のすぐ西側に位置する面積約186km2のニイハウ島 (Niihau) は個人の所有地で、住人のほとんどが純粋なハワイ人である。彼らはハワイ語を話し羊や牛を飼い、快適な生活を送るために必要不可欠な電気や水道設備などに依存しない、当然テレビも映画もない自然の生活を送っている。ハワイ諸島の中で3番目に大きく、最も知名度の高い島がオアフ島 (Oahu) で、通常ハワイを訪れる人々が最初に到着するところにはこれらの神々を祀る神殿「ヘイアウ Heiau」の跡がいたるところに見られる。これらの信仰は当時の人々の日常生活や文化の発展に大きな影響を与えた。初期の定住者たちは、「タパ Tapa」と呼ばれる樹皮から作った着物、カヌー、葉で覆った家などを作り、漁獲とタロイモ、果物、野菜に依存した石器時代の生活を送っていた。当時の社会、政治的構成は、中世ヨーロッパに現れた封建制度に似ていた。それぞれの島は世襲制度による「首長 Alii nui」によって統制されていた。首長は、特権階級の「廷臣 Kahuna=当時の神官、聖職者たち」や芸術、科学などに優れた者たちに土地を与え臣下として従えていた。一般の民、主に農民や漁民たちは外敵などからの保護に対する返礼として、収穫や捕獲物の一部をそれぞれの首長たちに献上することが義務付けられていた。すべての法は「タブー制度 Kapu」の上に成り立っていおり、禁制を犯した罰はときとして死をもって償われた。神々の島 ハワイハワイの歴史は西暦500年から900年の間に、マーケサスやタヒチの島々から渡ってきたポリネシア人が定住してから始まったという見方が強い。彼らは、家族をはじめ家財道具、豚や鶏などの家畜、各種の土地の植物などをアウトリッガ付きの大型カヌーに乗せて太平洋を縦断してきた。また、自然のものや現象を崇める多神教の宗教も持ち込んできた。あらゆる神々を超越したひとつの大神とその他数百にもおよぶ諸々の神々が彼らの信仰の対象となっていた。これら諸々の神々の中でもっとも信仰を集めたのは、生けるものすべての父「カネ Kane」、戦いの神「ク Ku」、海と風の神「カネロア Kaneloa」、収穫および平和の神「ロノ Lono」の4神であった。また、火山の激しい爆発や噴火を操り破壊と死をもたらしめると信じられていた火の女神「ペレ Pele」も恐れ崇められていた。ハワイの島々ハワイの歴史History of Hawaii

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